「ものを選ぶ」ということ
みなさま、おひさしぶりです。
月刊化して定期的に配信を行っていきたかったのですが、この2ヶ月、MADE、そしてヨーロッパと日本のBESPOKEDと、今年の大きな出展も無事に終わり、ようやくなんとか少しだけ文章を書く時間がつくれるようになりました。

とはいっても、帰ってくれば出展の後片付けやら、今年最後の弊社イベントとなるRIDEALIVEの最終調整やらで、相変わらずやることはいっぱいです。落ち着いたら書こうと思っていたら年が明けてしまいそうなので、ひとまず腰を据えて書くことにしました。
さて、あちこちの展示会会場を歩いていると、本当にいろいろな自転車に出会います。
つくる人が違えば、考え方も違う。軽さや作り方を突き詰めたものもあれば、長い旅を受け止めてくれそうなものもある。理屈はさておき、ただ乗ってみたくなるものもあります。

それぞれに良さがあって、困ってしまう。本当に長いことものに囲まれて生きてきたわたしにとっても、ものを選ぶということは、今でも本当に難しいことだと感じています。
自転車、スキー板、車、スニーカー、服、あるいは日々の道具を選ぶこと。
どれも日常の中で当たり前のように行っていることですが、実は多くの場合、わたしたちは自分の中に明確な基準を持てないまま、ものを選んでいるのではないでしょうか。
「どれがいいですか?」
自転車屋をやっていると、そう聞かれることがよくあります。
もちろん、その質問はとても自然なものです。
選択肢がたくさんあり、価格も違い、素材も違い、用途も違い、見た目も違う。何を基準に選べばいいのかわからなくなるのは、当然のことだと思います。
けれど、その問いにすぐ答えることは、実はとても難しい。
なぜなら、良い自転車というものは、ひとつではないからです。
軽い自転車がよい人もいる。
丈夫な自転車がよい人もいる。
速く走れることが必要な人もいれば、荷物を積めることが必要な人もいる。
見た瞬間に気分が上がることが重要な人もいれば、いまの暮らしにちゃんと馴染むことが大切な人もいる。

ある人にとって最高の一台が、別の人にとってはまったく必要のない一台になることもあります。だから、ものを選ぶということは、単にスペックを比べることではありません。
自分が何を大切にしている人間なのかを、少しずつ知っていくことなのだと思います。
基準がないまま選んでいる
自転車に限らず、多くのものには選ぶための基準があります。
けれど、その基準が見えにくいものほど、人は迷います。
スキー板を選ぶときもそうです。長さなのか、硬さなのか、軽さなのか、安定感なのか。ゲレンデを気持ちよく流したいのか、深い雪の中へ入っていきたいのか。
車や服、スニーカーも同じです。

軽い、丈夫、今っぽい、合わせやすい、長く着られる、自分らしく見える、誰かに褒められそう……。そういういくつもの基準が、本当はひとつのものの中に重なっています。
でも、多くの場合、わたしたちはそれをはっきりと言葉にしないまま選んでいます。
「なんとなく良さそう」
「みんなが履いている」
「あの人が使っている」
「SNSでよく見る」
「今これが流行っているらしい」
もちろん、そういう選び方が悪いわけではありません。
流行には流行の力があり、時代の気分をまとったものには独特の魅力があります。
今だからこそ着たい服もあるし、今だからこそ乗りたい自転車もあります。
ただ、流行だけを頼りにしていると、自分が本当に何を求めていたのかが見えにくくなることもあります。
買った瞬間はうれしい。けれど、しばらく使っているうちに、何か違うと感じだす。
それはものが悪かったのではなく、自分の基準がまだ見えていなかっただけなのかもしれません。
選ぶときの「3つの軸」
自転車を選ぶとき、個人的に大きく三つの軸があると思っています。

軽量性(軽さ)
耐久性(強さ)
時代性(今の気分)
この三つのバランスが、ものの価格や価値を大きく決めていると考えています。
軽量性(軽さ)
軽いものには、軽いものの価値があります。自転車で言えば、軽さはそのまま反応の良さにつながります。漕ぎ出しが軽い、坂が少し楽になる、持ち上げるときに身体への負担が少ない。そしてその軽さによって、ちょっとした勇気が与えられることもあります。
身体の動きに素直に反応してくれ、自分の力ができるだけ無駄なく前へ進む感覚に変わる。そこに軽さの気持ちよさがあります。
けれど、軽さは往々にして高くつきます。軽くするためには良い素材が必要で、余計なものを削り、精度も求められます。そして軽くすればするほど、どこかで耐久性や扱いやすさとのバランスを取らなければいけなくなる。
軽ければ軽いほど良い、というほど単純な話ではありません。
耐久性(強さ)
二つ目は耐久性です。長く使えること、壊れにくいこと、直しやすいこと、つまり日常使用に耐えられるかということ。
自転車で言えば、毎日乗れること。雨の日も、荷物を積む日も、少し雑に扱ってしまう日も、それらをちゃんと受け止めてくれること。旅先で何かあっても、どうにかこうにか直せること。
耐久性のあるものは、必ずしも派手ではありません。数字でわかりやすく見えるものでも、すぐ人の目を引くものでもありません。でも、長く付き合っていくと、その価値がじわじわとわかってきます。
壊れないこと、使い続けられること、気を使いすぎなくていいこと、いつでも頼れること。そういうものには、やはり「強さ」があるのだと思います。
時代性(今の気分)
三つ目は時代性です。「流行」という言葉を使うとどこか軽く聞こえるかもしれませんが、わたしは流行そのものを悪いものだとは思っていません。
流行とは、時代の空気です。その時代に、多くの人が何をかっこいいと思っているのか、何を快適だと感じているのか。服がそうであるように、自転車も完全に流行から自由ではいられません。
太いタイヤが気分の時代もあれば、細いタイヤがかっこよく見える時代もある。今の自分の気分に合っていること、今の街や暮らしに自然に馴染むこと、見たときに乗りたいと思えること。それもまた、大切な基準です。
ただし、時代性だけで選ぶとものは少し危うくなります。今日とても新しく見えたものが、数年後には急に古く見えることもあるからです。
だから大切なのは、流行を否定することではなく、自分がどのくらい流行を必要としているのかを知ることなのだと思います。

3つの要素は、同時に最大化できない
軽さ、強さ、時代性。この三つはどれも大切ですが、すべてを同時に最大化することはできません。
「軽くて、強くて、今っぽくて、しかも安い」
そんなものがあれば誰もが欲しいと思いますが、現実にはそこには必ず価格が反映されます。
軽くて強いものは高い。
強くて安いものは、重くなるかもしれない。
軽くて今っぽいものは、繊細かもしれない。
流行の中心にあるものは、数年後には気分が変わっているかもしれない。
きちんと作られたものの価格には、たいてい理由があります。
そこには、軽さを手に入れるためのコストがあり、強さを保つためのコストがあり、今の気分を形にするためのコストが含まれています。
だから、本当に大切なのは「ただ高いか安いか」ではありません。その価格の中に、自分が必要としている価値が入っているのかを見極めることです。

軽さにお金を払うのか。
強さにお金を払うのか。
今の気分にお金を払うのか。
長く使える安心にお金を払うのか。
それがわからないまま値段だけを見ると、もの選びはとても難しくなります。
選ぶことは、諦めることでもある
ものを選ぶことが難しいのは、ものが多すぎるからだけではありません。自分が何を求めているのかを、自分でもよくわかっていないことが多いからです。
速く走りたいと思いながら、実際は安心して遠くへ行きたいだけかもしれない。
軽い自転車が欲しいと思いながら、本当は階段で持ち上げるのが楽な自転車が欲しいだけかもしれない。
丈夫なものが欲しいと言いながら、本当は壊れることを気にせず雑に使える安心が欲しいのかもしれない。

人は、自分のことをわかっているようで、意外とわかっていません。だから、ものを選ぶという行為には「自分を知る時間」が含まれているのだと思います。
そして、選ぶということは「何かを選ばない」ということでもあります。
軽さを選ぶなら、多少の繊細さを受け入れる。
丈夫さを選ぶなら、少し重くなることを受け入れる。
時代性を選ぶなら、数年後に気分が変わることも受け入れる。
自分にとって必要のないものを諦められるようになることが、選ぶ力なのだと思います。
「あれもできる、これもできる」と可能性を抱え込みすぎると、ものが少しずつぼやけていきます。良い選択とは、すべてを手に入れることではありません。自分にとって大切なものを残し、そうではないものを手放すことなのだと思います。
店の役割とは
自転車屋の仕事は、ただお店にある商品を勧めたり、最新の軽いものや、流行っているものを売ったりすることだけではありません。
本当は、その人がどんなバランスでものを選ぼうとしているのかを、一緒に探すことの方が大切なのだと思っています。
会話をしていると、最初に言っていた希望と、本当に求めているものが少し違うことが往々にしてあります。
「軽い自転車が欲しい」と言っていた人が、話していくうちに、実は毎日安心して通勤できる自転車を求めていることに気づく。「速い自転車が欲しい」と言っていた人が、本当は遠くまで疲れずに走れる自転車が欲しかったのだとわかる。

だからこそ、店には会話が必要です。スペック表や価格、写真だけでは見えない「自分の中の基準」を一緒に探すこと。それが、店の大切な役割なのだと思います。
選ぶこととは、自分を選ぶこと
結局のところ、良いものはひとつではありません。
軽いものには、軽いものの良さがある。
丈夫なものには、丈夫なものの良さがある。
今の気分に合うものには、その瞬間にしかない良さがある。
大切なのは、それらを比べて勝ち負けを決めることではないとわたしは思っています。
ものを選ぶ力とは、ものを見る力であると同時に、自分を見る力でもあります。

自転車を選ぶことは、どんな道を走りたいのか、どんな速度で生きたいのか、どれくらい遠くへ行きたいのかを、少しずつ確かめていく行為です。
だから、選ぶということは、どんなものでも「自分を選ぶこと」だと思うわけなのです。
それではみなさんごきげんよう、またお会いしましょう。