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旅のおと7

Words & Photos By Masanori Nishikawa

前回は僕がメキシコで強盗に身ぐるみをはがされ、自転車以外のすべてのものを失いながらも、現地の方々のサポートにより旅を続けられたことの物語を書きました。

そしてこの文字どおり「生かされる」という経験から、人と人がつながり、関わり合う小さな社会を、今の日本でつくることは果たしてできるだろうか、という新たなプロジェクトがフリーコーヒーをしながら1年かけて自転車で日本をめぐるdailylifeという旅でした。

どんな人にも家族がいて、友人がいて。その人たちの前では、つながりあい、きっとみんな優しい。けれども、社会において、みんなが「関係あること、ないこと」をはっきりと分けてしまったとき、街はみんなにとって関係のない、絆やつながりの希薄な場所になってしまうのではないか。それはもしかしたら、ひとの問題ではなく、白黒やルールをはっきりとつけてものごとを推し進めてきた先に生まれてしまった社会構造の問題なのではないか。

だからこそ。知らない土地で。知らないひとたちに。まごころの込もったコーヒーを振る舞うことから見えることがあるのではないか。それを僕はフリーコーヒーというカタチで日本ではじめますが、その行為はそのまま僕が10年海外を自転車で旅をしてきて現地の方々からしてもらってきたことでもあったんです。

この旅の最初の日のことは今でも覚えています。
フリーコーヒー旅のはじまりの地を、僕は東京にしました。東京でダメだったら、きっとどこでもダメだろう。最初から逃げ道を断つというかそんな思いもあったのかもしれません。

フェリーで港につき、最初に見つけた銀行で財布に入っていたお金をぜんぶ預け、そして何もない状態で路上でコーヒーを振る舞う。そうなんです、dailylifeという企画には、1日1日が一生であるという意味も込められていて、だからこそゼロからはじめてみることにしました。
今こうして書くと、なかなかストイックな選択をしていますね。身体的な冒険から区切りをつけることへの、自分なりのチャレンジだったのだと思います。

お金を全部預けた僕が最初に通りかかったのが、新橋でした。平日の朝、信号待ちしていると駅からはスーツを着たサラリーマンが、何百人も出てきてみんなが列になってオフィス街のほうに歩いていく姿。そしてまわりにはたくさんのお店が並んでいます。その光景を同時に見たときに、信号青になってたんですけど僕、立ちすくんでしまって。

みんなこうして社会生活をしていくためにこれから仕事に出かけていって。そうして得たお金でお店でご飯を食べたり買ったりして、生きていく。そんななか、たったひとり僕だけがお金をあずけて、これから1年間路上でコーヒーを振る舞おうと思ってここにいる。そのときの、なんというか孤独感というか、心臓がギュッとする感じ。今でも忘れません。

そしてそんな状況でコーヒーを振る舞いはじめるのかと思ったみなさんすみません。僕こわくなって逃げたんです。これまで10年以上世界をひとりで旅してきたのに、メキシコで全てを失ったのに、あれほど孤独感を味わったことはありませんでした。
そんな僕が西に走ってたどり着いたのが八王子の街でした。都心よりは、どこか懐かしい感じがして、人もゆったりと歩いている。商店街もギッチギチではなく、すこーしだけ余白があるような。

「もうここでやるしかない」
あのドキドキは今でも忘れません。誰かに怒られるんじゃないだろうか。警察が来るんじゃないだろうか。そう思いながら、コーヒーテーブルを広げて、お湯を沸かして、コーヒーミルで豆を挽きながら、僕は通りかかるひとに挨拶をしながら最初のお客さんを待ちました。

「コーヒー1杯ちょうだい」
最初に止まってくれたのは、おじさんでした。はい!つくりますね!と作りはじめた僕に「いくら?」と続けて声をかけてくださって、えっとフリーです!と答えたときの、え?というハテナマークが並んだ表情。売ってないって?どういうこと?と聞かれて、僕は自分の思いを語りました。

「うーんよく分かんないけど。人と出会いたいなら普通にお金とってやったほうがいいと思うよ。なんかさ、あやしいじゃんフリーって。けどコーヒーおいしかったよ」
とおじさんはポケットにサッと手を突っ込んで、僕に小銭を手渡してくださいました。260円でした。これでまたコーヒーがつくれる。お金をもって僕はコンビニに走り、お水を買って次のひとを待ちました。

その日。10人くらいにコーヒーをいれさせてもらったと思います。
財布を家に忘れた中東から来た留学生のお兄ちゃん。
ひとり身で寂しいと語る中国のおじさん。
離婚して子どもを連れてこの街に引っ越してきたばかりのお母さん。
スペインでプロサッカー選手を目指しているお兄さん。
みんなのこと覚えています。そう、たった1杯のコーヒーを振る舞わせていただきながら、みんな僕がどうしてこういうことをしているのかを聞いてくれて、そして、みなさん自分のことを僕に語ってくださったんです。そして1日を終えたときに、僕の手元には、少しのお金と、コーヒーを差し入れてくださった方々があとで届けてくださった食べものやコーヒー豆が残っていました。

「これで明日もコーヒーがいれられる」
ぼくは心からホッとして。けれどまだおっかなびっくりしながら、僕のフリーコーヒーの旅がはじまりました。

どんな街でも。はじめはドキドキしました。
けれどもコーヒーを振る舞いはじめると、誰かが立ち止まってコーヒーを飲んでくださって。その方とお話しながら、次の誰かが来てくださって。

気づけばコーヒーバイクのまわりに人の輪ができていて。来た人同士が仲良くなって、もう僕がなにも話さなくても、ただコーヒーをまごころをこめていれているだけで場がまわっていくんです。ときには涙ながらにお互いの人生を話していらっしゃる方もいました。

ときには子どもたちが来てくれて。一緒にコーヒーつくろっか?と声をかけると、一生懸命につくってくれて、それをドキドキしながら目の前の人に手渡して。そうして「おいしい」と声をかけてもらったらパッと笑顔がはじけて。そうしてその日ずーっと僕のところでコーヒーをつくっていた子が何人いたことでしょうか。

そう、僕がコーヒーをいれたり話すということ、ではなく、そこに「場」があることが重要なんです。そしてそこに、安心感があって、役割があったときに、もう僕がいなくても、さっきまで何もなかったそこには、ひととひとが生みだすコミュニティの営みがある。そのことが分かってきたんです。

僕にできることは精一杯のまごころを込めてコーヒーを目の前のひとに、いれること。
そして、それができればきっと明日もまたコーヒーがいれられる。そして新しいひとに出会うことができる。

そうして、僕はいろんな「こうじゃないと」を手放していきました。
自分がどうしてこれをしているかを語るよりも、目の前のひとのお話に寄り添うこと。
人通りよりも、街の余白のような場所を探してコーヒーを振る舞うこと。
明日の予定や次に向かう場所のこと。

僕の姿を見て何かを感じてくださり、立ち止まってくださる誰かのために。
自分は大きな心で、空っぽの状態で、ただそこにいること。
そしてまごころを込めてコーヒーをいれ、相手の手に渡すまでが僕のおしごと。

そうしてフリーコーヒーをやっていると本当に心がのびやかになりました。
そして空っぽの僕に「こんな場所知ってる?」とか「あなたにこの人に出会ってもらいたい」とみなさんが、僕のいまとこれからを一緒になってつくってくださるようになりました。

そうして流れて流れて。身を任せて。
そうしてフリーコーヒーの日々を過ごしているのに、たくさんの場所を訪れ、ひとに出会い、そうしてまた大切な想いやモノが手元に残っていく。そしてそれらは、改めて振り返るときに自分にとってほんとうに必要だと思えるものばかりでした。自分を抜いていっているのに、どんどん自分が自分になっていく。そんな感覚が僕のなかに流れていました。

そうしてこのWEBコラムを書かせてもらっているサークルズの代表田中さんにも出会い、名古屋に来たらサークルズにおいでよ。と声をかけてくださり、店でのフリーコーヒーやトークライブをさせていただきました。そしてそのあとも、いまの僕が活動の中心としている子どもたちとのぼうけん自転車旅マウンテンバイクジャーニーへもずっとサークルズとしてサポートを続けてくださっています。

田中さんはこう声をかけてくださいました。
いつだって僕たちが生み出したいと願っているのは自転車というツールを通して生まれる物語なんです。だから、まーくんの活動をサポートするよ、って。

社会の大きなものを動かしていく人たちにとって、僕の想いや活動というものは、とてもとても小さな歯車でしかないかもしれません。けれどもそこに確かにある「ひと」から生まれる物語を見つめ、手を差し伸べてくださる方々がいてくださること。それはいつだって前へ歩み続けることへの勇気となっています。

1年間路上でコーヒーを振る舞うということを通して、僕は日本じゅうでまた大切な場所やひとがたくさんでき。また手放すということを通して、自分が思っていた自分よりも少しだけまた、生まれてくるときに自分が決めてきた僕に近づけたようなそんな気持ちになりました。

たった1杯のコーヒーにも。世界をつなぐチカラが宿る。
僕はそのことを信じて、このあと韓国、香港とフリーコーヒーの旅を続けていくことになりました。そしてそれは、8年経った今でも暮らしの真ん中として変わらずあります。

そしてこの年から、僕は自転車旅人生ではじめて夏場に日本にいるようになりました。

自分が旅で経験してきたこと、見つめてきた世界そして人生のこと。これからのことを子どもたちとともに旅をすることで伝えていきたい。そう思ってはじめたのがマウンテンバイクジャーニーという子どもたちとともに出かけるぼうけん自転車旅です。次回からはこの旅のことについて書いていこうと思います。


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