Words & Photos By Masanori Nishikawa
等身大の自分へ / 心とカラダがつながった日
やっと海外の自転車旅に慣れてきたころ。
「自分がチャレンジをすることで誰かを勇気づけたい!」
そう思いながら、出会うひとに夢を大袈裟に語ったり、自分を大きく見せようとしていた自分が、真正面から向き合うことになったのは、自分の心に置き去りにしてきた過去の宿題たちでした。
その思いを書き綴りながら、ひとつひとつ心の精算をして、僕はおっかなびっくりそのままの自分で旅を続けていく決心をします。
今回はそんな、僕が目標だったヒマラヤ山脈を横断したときのお話です。

そのままの自分で旅を続ける
自分の人生と向き合うことに区切りをつけて、また自転車で走りはじめたとき、人と出会うことが少し怖くなっている自分がいました。
けれどまたこうしておっかなびっくりになった自分で、旅の出会いをまた重ねていく日々。
相手が自分を認めてくれるから、これで大丈夫!なのではなく。
自分は自分でしかないし、持っているものしかない。
それでダメだったら、そのときはあきらめよう。
そんな気持ちで誰かに接していると、なんだか自分が楽になった気がして。
あぁ、これでいいのかもしれない、と。
「そのままの自分であること」は、こうして43歳になったいまの自分がそのまま持ち続けている人生のモットーのようなものになっています。
世界の屋根を目指して / 厳戒態勢のチベットへ

あれからたくさんの土地を走り、タイ、カンボジア、ラオスの旅を経て、僕はヒマラヤ山脈を越えるため、また中国に入りました。
少しの会話なら外国人とバレないくらい中国語が話せるようになり、ひとり旅をしていた中国の女性に恋をしてフラれたり、それから四川省で大きな地震が起きたときには、現地で日本のNGOとともに4ヶ月ボランティア活動をしました。


そして季節はすっかり秋になり、僕は本格的な冬を前にヒマラヤ山脈のあるチベットを横断するため、自転車旅へと戻りました。
世界中の自転車乗りが憧れる世界の屋根チベット高原。
しかしその年のチベットでは、政府による弾圧への抗議として、チベット僧たちによる焼身自殺での抗議が相次ぎ、世界でも大きなニュースとなっていて、チベットへの外国人の入境を中国政府が制限していました。

ラサへ向かうためのメモ
それでも僕はずっと行ってみたい場所だったチベットをあきらめたくなくて旅で出会った仲間とネットが繋がるときにメールで連絡を取り合い、方法を模索します。
そんな中、アキオくんという自転車で旅をしていた仲間が検問を越え、無事に首都ラサにたどりつき、そこからネパールに抜けたことが分かりました。
彼は、チベットのラサへ向かう国道の何km地点に軍の検問所があるかを詳しく送ってくれました。
その検問さえ抜けることができてラサまで辿りつくことができたなら、あとはネパールに向かう分には何も問題はないはず。と教えてくれました。
それをメモ帳に書き込んで、僕はゴルムドという街からラサに向かって走りはじめました。
生死の境目 / 星空の罠と、高山病の猛威

アキオくんに教わった検問を、夜にライトを消して道路を大きくそれて歩きます。
向こうには検問所の小さな灯り。
そして空はもう星がひとつひとつ見分けがつかないほどで、まるで光の絨毯のよう。
それに見とれながら、大きな穴に思いっきり落ちました。
ドキドキしながら、僕は引き続きラサを目指します。

カラダから命が流れ出ていくように
そのあとも標高はどんどん高くなり4800mの峠を越えたところでキャンプ中に高山病になり一度リタイアしました。
あの時はほんとに死ぬかと思いました。
カラダから命が流れ出ていくよう、としかあの辛さは表現できない。
頭が割れるように痛み、ゼーゼーと呼吸しながら、カラダにチカラが入らないんです。
なんとか助かりたいけど、次の街までは100km、戻っても100km。
痛みと苦しさにもがきながら30km走ったところで、もう立つことさえできなくなりました。
そんな僕が生きるために思いついたのは、道路に横倒しになって車を止めるということでした。
どれくらいの時間だったでしょう、慌てて止まってくれた車に自転車ごと積み込んでもらって、なんとか助かったのです。
身体との対話 / マイナス20度の雪原で見つけたもの

高山病から回復し、大きな街で中国の滞在ビザを延長し、再度チャレンジしたチベット。
12月に入り気温はますます下がってマイナス20度近くになるようになっていました。
4000mを越すチベット高原では、風を遮るものもありません。
「僕はチベットに呼ばれていないんじゃないか」と思うくらいに、とんでもない向かい風のなかをラサに向かって走る日々。
前回より格段に難易度はあがっていました。

よくここまでがんばった
高山病はなんとか免れていたものの、冬を迎えたチベットは想像以上に大変で、峠道で体力と気力の限界に達した時。
その場にへたり込んでしまいました。
たったひとり見渡す限りの白い平原と雪山を見つめながら、それでもどこか心は落ち着いていました。

よくここまでがんばった。
自分のできる限りは尽くした。
それでもダメだったんだからしょうがない。
けれども、ここまでがんばってくれた自分のカラダに、僕は一度もありがとうって言ったこと無かったなぁ。と思い、足をさすりながら、「ここまでがんばってくれてありがとう」。
と言葉をかけたんです。

心とカラダって繋がっている
それからしばらくそこに佇んでいて。
けれど、もう一度だけトライしてみようと思い立ち上がったんです。
そうして自転車にまたがって。
ペダルに足を置いて踏み込んだとき。
カラダが動いてくれたんです。
足にチカラが宿って、どんどん僕を峠の上へと押し上げてくれる。

峠を目指して走りながら、もう涙がとまらなくて。
涙を流して走りながら、心とカラダって繋がっているんだってことを悟ったんです。
そして、もうひとつ。

チベットは、ただそこに在った
僕が「呼ばれてないかも」って思っていたチベットは。
その大自然は。
ただその大きな命の営みを続けているだけなんだって。
僕はただそこを訪れた小さな小さな存在なだけなんだって。

そのとき自分に宿った感覚とチカラが、僕をラサまで連れて行ってくれて、そしてヒマラヤ山脈を越えて、ネパールまで走らせてくれたように思います。

とてつもなく大きなヒマラヤを抱くチベットは厳しくそして美しい場所でした。
そこに生きる人々はたくましく、そして優しいひとたちでした。
僕は自分がそのままであることの大切さ、カラダと心のつながりを悟り、そしてまた新たな自分として世界と、そこに生きる人々と出会い旅を続けていくことになりました。
Vol.5へ続く。

