ちょうど2カ月前、ドーハ空港を経由して向かったのは、デンマークの首都コペンハーゲン。
自転車大国として知られるこの街では、駅を出た瞬間から、その言葉が決して大げさではないことを思い知らされます。朝も昼も夕方も、ひっきりなしに自転車が行き交い、大通りにも路地にも、当たり前のように自転車が並んでいる。
それだけの台数がありながら、歩いていて「危ないな」と感じたり、「歩く場所がない」と困ったりすることは、滞在中ほとんどありませんでした。
人も、自転車も、車も、お店も、それぞれが街の中にきちんと収まっているのです。

その背景にあるのが、「街は、そこに暮らす人のためのもの」という建築家ヤン・ゲールの考えをもとに大きな影響を受けています。
コペンハーゲンの都市づくりに大きな影響を与えた彼の思想は、自動車が動きやすく、権力、財力を誇示するような大きなビルが立ち並ぶだけの幻想街ではなく、そこで歩き、立ち止まり、出会い、時間を過ごす人間を主役に据えた都市計画を強く提唱してきました。
自動車や経済活動の都合を優先するあまり、人と人との交流が失われていく都市から脱却し、徒歩や自転車、公共交通機関を使って生活できる街をつくる。人の身体感覚に合った空間が、街で過ごす時間や他者との関わりを自然に生み、そこに暮らす人の生活を豊かにしていくという考え方です。

専用の自転車レーンや信号、交差点の設計など、自転車で安全に移動するための環境を整えてきた結果、コペンハーゲンの自転車交通量は1995年からの10年間で41%も増加。2020年には、通勤・通学における自転車の割合が42%に達していると言われています。ただ、自転車に乗る人が増えたことだけが、この街の成果ではありません。
街へ出る。どこかに腰を下ろす。人と会う。買い物をする。コーヒーを飲む。そうやって街で時間を過ごすことで、他者との関わりも自然と増えていく。
人間の身体と行動に合わせてつくられた空間が、人々の暮らしを少しずつ良好なものにしていったのだと感じることができます。

誰にとっても、どこかに居場所がある街。コペンハーゲンには、そんな印象があります。そして街を見渡すと、いや、わざわざ見渡さなくても気づくほど、カーゴバイクが多い。それらは特別な乗り物として存在感を放っているわけではなく、ごくごく自然に生活の中へ溶け込んでいました。

自転車をベースに生活できる街だから、子どもの送り迎えも自転車がいいよね。そのためには、子どもと荷物をたくさん載せられるカーゴバイクがいいね。街の中でポストカードや花を売りたい。だったら、荷物を積んで移動できて、小さなお店にもなるカーゴバイクがいいよね。
普通の自転車と乗り心地はそれほど変わらないのに、荷物をたくさん載せられる。そもそも自動車を買う必要も感じない。だったらカーゴバイクにしよう。

自動車を使うほどではないけれど、普通の自転車では運びきれない。そんな毎日の隙間を、カーゴバイクが埋めています。そして、その選択を無理なく成立させているのが、この街のつくられ方なのだと思います。
街も、そこで暮らす人の行動も、とても整頓されている。誰もがものすごくテンション高く過ごしているわけではないけれど、自分のペースで生活していて、なんとなく機嫌がよさそうに見える。
コペンハーゲンを歩きながら感じたその穏やかさは、人に合わせてつくられた街と、自分に合った移動手段を無理なく選べることから生まれているのかもしれません。

そして、その風景の中で実際によく目にしたカーゴバイクのひとつが、OMNIUM / オムニウムです。
OMNIUMは、コペンハーゲンのメッセンジャーであるJimmiとMatiasが、大きく重い荷物を速く運ぶためにつくったカーゴバイクです。最初のプロトタイプが生まれたのは2012年。メッセンジャーの仕事道具として始まった一台は、その軽快さと扱いやすさによって、やがて家族の送り迎えや買い物、店舗の配達、日々の移動にも使われるようになりました。

実際に街で見たOMNIUMも、飾られるための美しい自転車ではありませんでした。荷台には箱やバッグが括りつけられ、ときにはチャイルドシートを載せ、仕事や生活の跡を残しながら、普通の自転車と同じように街を走っている。
「あ、OMNIUMだ。あ、またいた!」
そんなふうに何度も目にするうちに、OMNIUMが珍しいカーゴバイクではなく、この街に必要な役割を持った自転車のひとつとして、しっかり根づいていることが実感として伝わってきます。

OMNIUMがコペンハーゲンで広く使われているのは、単に優れたカーゴバイクだからというだけではないのでしょう。
たくさんの荷物を運べることに加えて、荷物を載せていても速く、機敏に走れる。荷物を載せていないときには、普通の自転車のような軽快さもある。「しっかり走れるカーゴバイク」という発想には、日々街を駆け回るメッセンジャーたちの、仕事道具に対する要求が詰まっています。
そんなOMNIUMの機動力と、安全に自転車で移動できるコペンハーゲンの環境が、きれいに噛み合っている。街の中で広く受け入れられているのも、実際の風景を見れば素直に頷けるのです。

もちろん、日本の街をそのままコペンハーゲンにすることはできません。道路の広さも、交通の仕組みも、住宅事情も異なります。それでも、毎日の買い物や子どもの送り迎え、仕事の配達、少し大きな荷物の運搬といった移動のすべてに、本当に自動車が必要なのかを考える余地はあります。
カーゴバイクを「特別な自転車」として眺めるのではなく、自動車と普通の自転車の間を埋める、現実的な運搬・移動手段として捉えてみる。
考えてみれば、日本にはすでに「ママチャリ」という、世界に誇るべき生活自転車の文化があります。

現実的な価格で、壊れにくく、荷物を載せられる。そして何より、スポーツバイクに乗る人だけのものではなく、子どもの送り迎えをする人、通勤や買い物に使う人、学生からお年寄りまで、老若男女が日々の足として使い、ときには家族の中で一台を共有してきました。
週末の楽しみや速さを追求するスポーツバイクとは、また違った価値がある。雨の日も暑い日も、買い物袋や子どもを載せ、人々の生活を黙々と支えてきた。そう考えると、ママチャリは実に尊い乗り物です。

OMNIUMもまた、生活を支えるという役割において、その延長線上にあるのではないでしょうか。
普通の自転車では運びきれない荷物を載せても、自動車よりも身軽に移動できる。子育てをする人、荷物を届ける人、道具を運んで働く人。カーゴバイクは、日々の暮らしや仕事を自転車で支える、もうひとつの交通手段になり得ます。
日本でカーゴバイクが根づくために必要なのは、車体の普及だけではありません。安心して走れる道、気兼ねなく停められる場所、仕事や子育てに取り入れやすい制度。そして何より、「これなら自転車でできるかもしれない」と思える実例を、街の中に少しずつ増やしていくことです。






コペンハーゲンで日常的に使われるOMNIUMの姿は、自転車と街、そして暮らしの関係を見せてくれていました。
カーゴバイクがあるだけで、生活が変わるわけではありません。暮らしに合った道具があり、それを使える街の環境がある。その両方が揃うことで、移動の選択は自然に変わっていく。
あの街で何度も目にしたOMNIUMは、そのことをわたしたちに教えてくれました。

