手の届く範囲で
みなさまおひさしぶりです。
週刊として続けてきた「球体のつくり方」を、少し時間を置いて、今月から「月刊」として再開することにしました。
毎週、継続的に書くことで見えていたものもありましたが、少し間を空けることで、また違う距離、角度から見えてくるものもあるのだと思っています。
自転車のこと。
店のこと。
人のこと。
そして、自分たちがどんな時間を選んでいくのかということ。
月刊になったからといって、何かを大きく変えるつもりはないですが、少しだけ深く、少しだけ遠くまで考えながら、また書いていけたらと思っています。
その第1回目は、「手の届く範囲で」という話です。

夏になると、自転車に乗る時間が変わります。
日中の熱気を避けるように、まだ街が目を覚ます前の早朝から走り出す、そんなサイクリストも多いのではないでしょうか。
早朝とはいえ、アスファルトにはまだ昨日の余熱を感じます。
それでも、川沿いに出ると少しだけ風が涼しく感じられたり。かと思えば、信号で止まると一気に汗がにじみ、ボトルの水はすぐにぬるくなってしまったり。
ですが、その時間には、その時にしかない特別な気持ちよさがあると思っています。
自転車に乗るということは、一般的には速く走ることや、遠くまで行くことに意識が向きがちです。でも本当は、
どの時間を選ぶのか。
どの道を通るのか。
誰と走るのか。
どこで休むのか。
そういうことを、すべて自分で決めていく行為でもあるのだと思います。

時間というものは、本当に不思議です。
誰にでも同じように与えられているようでいて、その使い方によって、まったく違う意味を持ちはじめます。
すぐに手に入るものを選ぶ時間もあれば、
手間をかけ、待ち、対話しながら、
何らかの形にしていくような時間もあります。
ファストフードのように、早く、安く、わかりやすく満たしてくれるものもありますし、フルコースのように、時間そのものを味わうものもあります。
でも、いつものことですが、どちらが正しいという話では今回もありません。
ただ、自転車の世界にも、そういう時間の違いが確かに存在しています。
そのひとつが、ハンドメイドバイクという選択なのだと思います。

「ハンドメイドバイク」という言葉の本当の意味
最近、Circlesの新しい仕立ての現場である、
「Tailored(テイラード)」をオープンしたおかげか、少しずつお客様から、そしてSNSからも、ハンドメイドバイクという言葉を耳にする機会がまた増えてきました。
SimWorks が毎年出展している、アメリカ・ポートランドで開催される MADE。ヨーロッパでは Bespoked と呼ばれるハンドメイドバイクショーが、イギリスやドイツでも、そして今年はここ日本の大阪でも開催が予定されており、この世界は少しずつ、確実にまた熱を帯び始めてきていると感じています。

ただ、少し冷静に言えば、世の中に人の手がまったく加わらない自転車など、まずほとんど存在しないということです。
大量生産の自転車であっても、設計する人がいて、溶接する人がいて、組み立てる人がいて、検品して、梱包する人たちがいます。
機械だけで勝手に自転車が生まれてくるわけではありません。
だから、ハンドメイドバイクの価値は、単に「手で作られていること」だけにあるわけではないと思っています。
大切なのは、誰のために作られているのか。
何を考えて作られているのか。
どこまで人の目と手が届いているのか。
そしてどんな人がそれを作っているのか。
そこにこそ、ハンドメイドバイクの本当の意味があるのだと思います。

平均値ではなく、その人自身へ
カスタムハンドメイドバイクとは、特定の誰かのために作られる自転車です。
乗る人の体型。
走ってきた場所。
積みたい荷物。
気持ちの良い速度。
これまで乗ってきた自転車。
これから行きたい場所。
そういうものをひとつずつ聞き取り、一緒に考え、形にしていく。
もちろん、フレームの素材やジオメトリーの思想、溶接や塗装といった技術的な要素も重要です。
けれど、それらはあくまで手段です。
本当に大切なのは、その一台が、目の前にいる誰かの暮らしや遊び方、そしてもちろんですが、身体にちゃんとフィットしているかどうかです。

既製品には既製品の良さがあります。
価格がわかりやすい。
納期も早い。
品質も安定している。
今の量産技術は本当に優れていて、それによってより多くの人が高性能な自転車に乗れるようにもなりました。
その恩恵を否定するつもりはまったくありません。
ただ、既製品はどうしても「多くの人にとって大きく外れないもの」を目指します。
一方で、カスタムハンドメイドバイクは、ひとりの人だけに向けて製造されます。
平均値ではなく、その人自身に限りなく近づけていく。
そこに、量産品とは違う時間が、そのどの工程にも流れているとわたしは思っています。

対話から生まれる道具
ハンドメイドバイクを作るということは、用意されている注文書に、ただ数字を書き込むことではありません。
むしろ、自分自身のことを少しずつ言語化していく作業に近いと思っています。
自分が、
どういう道を走りたいのか。
何を気持ちいいと感じるのか。
どんな速さを求めているのか。
どんなものを積みたいのか。
それとも、ただ遠くまで安心して行ける相棒が欲しいのか。
そういうことを、ビルダーやショップとの対話の中で確かめていきます。
もちろん、最初からすべてを明確に言葉にできる人ばかりではありません。
むしろ、多くの場合は曖昧です。
「こういう感じが好き」
「前の自転車のここが少し気になっていた」
「いつかこんな旅をしてみたい」。
そんな断片的な言葉から、一台の自転車の輪郭が少しずつ浮き上がってきます。

そしてそこにあるのは、単なる購買行為でもありません。
作り手の経験。
乗り手の記憶。
店の目線。
これから使われる時間。
そういうものが混ざり合って、ひとつの道具になっていくわけです。
だからハンドメイドバイクには、買った瞬間だけでは終わらない価値があります。
完成した時点で終わりなのではなく、そこから乗り続けることで、ようやく本当の意味で自分のものになっていくのだと思います。
削ぎ落とすことで、長く残る
そうやって対話を重ねていくと、実はカスタムハンドメイドバイクというものが、単に希望を全部盛り込む作業ではないことにも気づかされます。
むしろ、多くの場合はその逆です。

何をするための自転車なのか。
どこを走るための自転車なのか。
どんな速度で、どんな気持ちで乗るための自転車なのか。
それらを突き詰めていくことで、余計なものが少しずつ削ぎ落とされていきます。
あれもできる。
これもできる。
いつか使うかもしれない。
そういう可能性をすべて抱え込むのではなく、その人にとって本当に必要なものを正確に見極めていく。

カスタムという言葉には、何かを足していく印象があります。
けれど実際には、あれもこれもと盛り込むより、必要なものだけを残していく作業に近いのだと思います。
いらないものを外す。
過剰なものを避けてみる。
目的に対して、素直な形に近づけていく。
そうして生まれた自転車は、派手ではないかもしれません。
けれど、迷いがとても少なくなります。
だから結果的に長く乗り続けれるのでしょう。

よく「一生モノ」という言葉があります。
けれど、一生モノとは、単に丈夫で壊れにくいもののことではないはずです。
最初からちゃんと考え抜かれ、必要なものがきちんと残されているから、時間が経っても芯がぶれないことなのでしょう。
流行やスペックの変化に合わせて姿を変え続けるのではなく、その自転車が持っている考え方が古びない。
そこに、長く付き合える理由があります。

カスタムハンドメイドバイクとは、何でもできる自転車ではありません。
その人にとって、何が本当に必要なのか。
何を大切にして走りたいのか。
それをよりはっきりさせた自転車なのだと思います。
足すことで豊かになるものもあります。
でも、削ぎ落とすことでしか生まれない強さもあります。
そしてその強さは、新しい技術がどれだけ進んでも、簡単には置き換えられないものなのだと思います。
技術が進んでも、残るもの


近年、カスタムハンドメイドバイクの世界にも新しい技術がどんどん入ってきています。
3Dプリントで作られるラグ、ヨークやエンド小物。
チタンやカーボンを使った新しい構造。
小さな工房でも、高度な設計や加工にアクセスできる環境。
こうした技術の進化によって、ハンドメイドバイクの可能性はさらに広がっています。
かつては大きなメーカーでなければできなかったことが、今では独立したビルダーや小さな工房でも実現できるようになってきました。

これは、とても面白い流れです。
他分野においてでもよく同じ様な話をされていますが、どれだけ技術が高度に進んだとしても、最後にもっとも大切になるのは、
「人の判断」だということです。
どの素材を選ぶのか。
どこを強くして、どこをしならせるのか。
どんな乗り味を目指すのか。
何を足して、何を足さないのか。
新しい技術は、選択肢を増やしてくれます。
でも、その選択肢をどう使うかは、人にしか決められません。
ハンドメイドバイクの価値は、古い技術を守ることだけではありません。 新しい技術を取り入れながら、最後に人の経験と目で判断すること。 そのバランスにこそ、今の時代のハンドメイドバイクの面白さがあるのだとわたしは思います。

人の手が届く範囲で
Circlesは、自転車をただ販売する場所ではなく、
自転車と人との関係を考え続ける場所でありたいと思っています。
どんな自転車がその人に合うのか。
どんな使い方をするのか。
どんな未来がありそうなのか。
それを一緒に考えることも、自転車屋の大切な仕事です。
カスタムハンドメイドバイクは良い面だけではありません。
決して安い買い物ではありません。
完成までに時間もかかります。
すぐに乗りたい人にとっては、少し遠回りに感じるかもしれません。
でも、その遠回りの中にしかない価値もあります。
待つ時間。
考える時間。
誰かと話す時間。
自分を確かめる時間。
それらは、完成した自転車の外側にあるようでいて、
実はその一台の中にちゃんと含まれていきます。
ハンドメイドバイクとは、人の手が届く範囲で作られる自転車です。
それは、作り手の手だけではありません。
乗り手の思考も、店の対話も、これから積み重なる時間も含めて、一台の自転車になっていく。
だからこそ、そこには単なる性能では測れない価値があるのだと思います。

走るための美しさ
カスタムハンドメイドバイクは、美しいものです。
ただし、それは飾るための美しさではありません。
雨に濡れ、
泥がつき、
傷が入り、
荷物を積み、
時に知らない道へ連れていってくれる。
そういう道具として使われるからこそ、美しいのだと思います。
ハンドメイドバイクは、特別な人だけのものではありません。
けれど、誰にとっても必要なものではないかもしれません。
ただ、自転車という道具と長く付き合いたい人。
自分の時間をもう少しだけ丁寧に過ごしていきたい人。
速さや軽さだけでは測れない価値を、自分で確かめたい人。
そういう人にとって、ハンドメイドバイクはひとつの答えになり得ます。

すぐに手に入るものがあふれる時代に、あえて時間をかけて作られる一台を選ぶということ。
それは、単に高価な自転車を買うということではなく、「自分がどんな時間を大切にしたいのか」を選ぶことだと思います。
夏の朝、ちょっとだけ涼しい風を探しながら走るように。
遠回りの道に、思いがけない景色があるように。
ハンドメイドバイクという選択もまた、効率だけではたどり着けない場所へ連れていってくれるものなのかもしれません。
それではみなさんごきげんよう、またお会いしましょう。

